日本共産党市会議員団
高橋弘之議員
私は、3点について市長にお尋ねします。
質問の第一は、先日の冒頭の本会議で行われました市長の所信表明に関連するもの、であります。
はじめに、市長は所信表明で「多選による弊害」「体力的問題」を理由に、次期市長選に出馬しないことを表明しました。
しかし、その理由はいまひとつ釈然としません。
そこで、あらためて問いたいと思います。
「多選による弊害」というのは、当事者の発言としては不適切で、あまりにも第三者的発言のように聞こえます。
市長自身にとっても意外な成り行きなったため、とっさに適切な表現の方法が見当たらなかった、というのが実情だったのではなかったかと思います。
しかし、表現はとにかくとして、ここに至った背景には、市長が推し進めてきた路線の行き詰まりがあったのではありませんか。
市長は、国の「第4次全国総合開発計画」、新潟県の「にいがた21戦略プロジェクト」に新潟市のまちづくりの方向を重ね、「環日本海の中枢拠点都市」「政令指定都市」の建設を進めてきました。
また「拠点性の確立」などの名目のもとに、大型プロジェクト実現を市政の基調に据えてきました。
その陰で財政は圧迫され、市民の暮らしや福祉はしわ寄せを受け後退されてきました。
市長は、この間福祉サービスが充実してきたかのように言っていますが、それは事実と違います。
市長は、中核市への移行を選択し、福祉行政をより幅広く展開する可能性を手にしました。
その可能性は生かされたでしょうか。
残念ながら、それは生かされなかったといわなければなりません。
中核市移行に当たって、県単事業の特別養護老人ホーム建設費に対する補助は打ち切られました。
そのため、市内の特養建設は停滞し、待機者の数は、今日増大しています。
福祉行政に「国基準」を据え、保育料の父母負担を増やしました。
また、払えないほど高い国民健康保険料金の体系に、さらに低所得者に負担が重くなる「平準化」政策を県下の市町村のなかでいち早く取り入れたではありませんか。
新潟市の財政力を持ってすれば、本来もっと充実した福祉行政を市民は享受できたはずあります。
介護保険制度の導入でも、県下の多くの市町村が、利用料・保険料の負担軽減策を打ち出し、実行してきました。
ところが「これは国の制度」だ、などといって市長は市民負担を和らげる処置は頑としてとりませんでした。
しかし、地方分権推進委員会の答申でも、新地方自治法でもそうした態度をとっていません。
とりわけ新地方自治法は、「自治事務」はもとより国からの「法定受託事務」もすべて「自治体の事務」としています。
この分野での市長の認識の立ち遅れも問題としなければなりません。
私どもは、介護保険基本条例案を準備して、提案も行ってまいりました。
しかし、市長はこれに一顧だにしませんでした。
まちづくりでも、市町村合併など強引な膨張政策を進めています。
今日、「中心市街地の活性化」事業に取組まなければならないこと事態、膨張政策の裏側の事実であります。
最近出された上野正彦日銀新潟支店長のショッキングな題名の著書『新潟は生き残れるか』の中でも、「新潟は中心オフィス街の地価下落率が平成13年は全国第2位であった」と指摘されています。
しかも「地価下落の最も基本的原因は、将来の期待収益の低下にある」と、解説しています。
中心オフィス街の将来を「期待されない」、いわば犠牲にしても大都市化路線をひた走ろうとするまちづくり、というものは一体どういうことなのかと思います。
いま進められている膨張政策は、この傾向をより一層助長することになるでしょう。
財政も危機的になっています。
「財政改革」を推進し、非課税世帯からまで、保育料を徴収しなければならなくなっています。
この省察からみても、これ以上この路線を続けることは明らかな行き詰まりに直面しているというものではありませんか。
次に、若いときからスポーツで体を鍛えてきた日頃元気な市長が突然「体力的問題」を出されるのも、今ひとつ不自然です。
「体力的問題」が差し迫った問題になっているようには見受けられません。
これは、一般的に年齢のことをいっているのでしょうか。
その3は、今議会では、市町村合併で新たな提案をしています。
もし、市長の不出馬が前提としてあったのなら、政治的にも、道義的にも、新たな事業は次の人に任せることが、必要だったのではありませんか。
次の人を拘束するような策をどんどん打ち出しおいてあとは投げ出すというのは無責任であります。
政令指定都市の問題にしろ、問題だけ出しておいて後は任せるというのはいかがなものでしょうか。
あまりにも、後代の選択の手足を縛るものといわなければなりません。
そのような提案は撤回すべきであります。
その4は、伝えられるところでは、「後継指名はしない」と語ったと報道されています。
そのことは人的に継承されないだけでなく、何より路線の上でも継続しないということになります。
やはり、継続すべきでない、出来ないと考えている何かがあるのでしょうか。
そうだとすると、いままで政令指定都市問題をはじめ、あまりにも先のことについて踏み込みすぎたのではないでしょうか。
「多選による弊害」は既にこのあたりに現れているといっていいかとも思います。
しかし、今ひとつ理解しにくいと思いますので説明いただきたいと思います。
私は、いつまでも高度経済成長の時代が続いているかのような夢を描いているときは終わった、と思います。
私は、3月議会でも指摘しましたが、新潟市は、成熟都市にふさわしい自律的で、穏やかだがしかし持続的発展可能な、暮らし・福祉を大切にする自治都市を目指すべきであることを強く主張したいと思います。
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質問の第二は、政令指定都市を目指す市町村合併とその協議についてであります。
その1は、市長は、政令指定都市を目指すといっていますが、その将来像は極めて貧困です。
国道や河川の管理がやれるようになるとか、議員や首長の数を減らせるので、その浮いた経費で福祉が充実できる。
ここでは議員や首長の存在が、住民福祉の対立物として描かれています。
国から事務が降りてきた場合、権限に見合う財源が保障されるのか、国の事業の肩代わりで超過負担がでるのではないか、みんなが心配しています。
そうしてことを何も説明していません。
また昨年も警告しましたが、議員や首長を削減し、その浮いた経費で福祉を充実するなどというに至っては、地方自治に対する市長の貧困な認識がそこには端的に現れていると思います。
これでは豊かな将来都市像など描けるわけがありません。
それどころか、その説明責任を果たしていないと思います。
政令指定都市新潟をいう以上もう少し具体的な姿を示す必要があると思います。
また、「田園型政令指定都市」といっています。
しかし、農村・田園と都市は予定調和の概念ではありません。
むしろ対立する概念です。
これを調和させるためには、それなりの手立てが必要です。
その説明がなにもありません。
ただ並列に並べているだけです。
この点をどのように考えているのか、お尋ねします。
その2は、政令指定都市をいいながら、どのようにそれに接近していくのか、そのステップも十分示されているとはいえません。
相手があることだから、相手の熟度に応じてステップ・バイ・ステップだというのは聞きました。
それでは相手の数だけステップがあるのか、その場合、相互の整合性はどのように調整するのか判りません。
どのような段階を追ってことを進めようとしているのか、見えていないということです。
すべては相手次第ということでしょうか、お尋ねしておきたいと思います。
その3は、住民が合併問題を判断する材料が与えられていないということです。
いま全国で進められている合併協議の中には、1千項目を超える実に詳細な協議事項を設定しているところがでています。
黒埼町とのケースでは、250項目が協議の対象となりました。
ところが、一方では合併特例法の期限内でという発言もなされていて、住民に責任を持った協議ができるのか、疑問です。
昨年都市圏域特別委員会が視察した山口県徳山市などの周南地区の合併協議会では協議会自身が2ヶ月に1回の協議会報を全戸向けに発行していました。
ところが、最近この中で下松市が協議会を脱会しました。
井川下松市長は「合併したら下松市はどうなるのか、市民生活にどう影響するのか、また、地域の将来ビジョンはどうなるのか、そういう一番肝心なものが全然示されていない、具体的に協議されていない」「具体的な内容を市民に示す、情報の提供をする責任がある」「にもかかわらずそのようになっていない、市民になにもしめさないまま合併を進めることは無責任極まりない」と明確にその脱退理由を述べています。
私は、あの周南地区の合併でもそうなのか、と思いました。
帰ってからも何度か住民への衆知の方法を改善すべきとの提案致しましたが、従来のようにホームページに載せてあるし、参加各自治体の広報等で周知しているから十分とする態度です。
今日もそのように答えるのでしょうか。
もちろん、昨年の周南地区への視察には、わが市の執行部の担当者も同行・同席致しました。
素直にいいまして、長谷川市政というのは、なにも学ばないしその気も無いのだなと思いました。
市町村合併は、住民が判断することではないでしょうか。
住民にその議論の内容を伝えないでどうして判断ができるというのでしょうか。
その4は、今回提案されている合併協議会でも、協議会自身が自らの責任で、その内容を伝えることはしないということでしょうか。
それとも、少しはその点での改善はあるのでしょうか、お尋ねします。
その5は、黒埼町とのケースでは、合併協議の住民生活に直接かかわる行政項目は任意協議会でなされました。
法定協議会は、その内容の確認や首長・議員の扱いなど、となりました。
この実質上の論議の内容を、より広範な住民に判るように伝えるのは、当然のことと思いますが、そのようにお考えになりませんか、お尋ねします。
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質問の第三は、有事法制に関連してであります。
先の戦争では、日本は15年にわたる中国との戦争、アメリカ、イギリスなど世界を相手にした太平洋戦争などで大変な惨禍を、相手国や戦場となった国々に負わせ、また自らの国民にも被らせました。
戦後、再びそのような過ちを繰り返さないことを誓って、新しく制定された憲法に「戦争の放棄」を銘記しました。
世界もまた、20世紀になって帝国主義が登場し、植民地争奪戦争を繰り広げるようになりましたが、同時にこれに対抗する勢力による植民地の解放・民族独立、戦争の違法化の動きが力強く出てきました。
特に、1928年8月27日には米国務長官ケロッグと仏外務大臣ブリアンの提唱で、「戦争放棄に関する条約」(不戦条約)が成立し、戦争違法化の動きが出てまいりました。
さらに戦後は、国際連合とその憲章がつくられ、憲章のなかでは全面的に戦争の違法化が図られました。
現在、国際社会で例外的に認められている戦争は、憲章第51条が規定する急迫不正の侵略に対し、国連安保理が措置をとるまでの間、その侵略を受けた国がとる自衛の措置と国連安保理が侵略国に対してとる集団安全保障上の措置だけです。
日本国憲法は、その自衛のための戦争も、放棄しています。
先年、オランダのハーグで開かれた世界市民平和会議では、このことに注目が集まり世界にこれを広げようと勧告の第1条で呼びかけられました。
国会の議事録を見ますと、日本が侵略を受ける可能性はない、とするのが政府の変らない見解です。
にもかかわらず、有事法制問題が出てくるのはなぜでしょう。
福田内閣当時もそのようなことが問題になったことがありました。
当時はまだ強大な軍事大国ソ連が存在していました。
日本が攻撃される可能性を聞かれ、福田総理は「万、万、万、万が1にもその可能性は無い」と、万を4つも付けて答えたものでした。
小泉総理は「憲法に規定が無い、備えあれば憂いなし」などといっていますが、規定が無いのがあたりまえです。
戦争をしないことを決めた憲法だからです。
備えの点では、例えば日本の食糧自給率をとってみると、カロリーベースで40%そこそこです。
有事になれば、たちまち6割の国民が飢えてしまうような、日頃そんな国づくりをしておきながら、戦争の規定だけは厳密に作っておこうなどということは狂気のさたです。
大体この動きはわが国の安全などとはかかわりがありません。
いや、むしろわが国を危険にさらすものです。
アメリカが、自らの戦争に日本を使おうとしているにすぎません。
アメリカは、1960年の日米安保条約改定以来、条約本体に手をつけずに内容を変えてしまうやり方をとってきました。
78年と97年のガイドラインがそれであります。
これに基づいて、2000年の周辺事態法がつくられ、今回の武力攻撃事態法などが画策されています。
これらは、直接地方自治体の責務(法案第5条)を規定し、それは「武力攻撃を受けるおそれのある場合」あるいは「予測されるに至った場合」(法案第2条2項)までも規定しているだけに、この点について市長の対応をお尋ねしておきたいと思います。
国連憲章第51条は「武力攻撃が発生した場合」場合の自衛措置をうたっているだけですし、日米安保条約第5条も「いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくする…」場合を規定しているだけです。
大体、旧日本軍の戦争もそうでした。
つい最近、中国の審陽にある日本大使館での事件が問題となりました。
日中15年戦争は、ここからはじまりました。
1931年9月。当時審陽は奉天と呼ばれていました。
ここの郊外の柳条湖で、関東軍が軍事行動を起こす形成である、と当時の奉天総領事は、本国に打電しています。
そのことが、閣議でも取り上げられ、当時の南陸相は慌てていますが、結局、9月18日夜、中国軍を奇襲攻撃して戦争に突入しました。
戦争は仕掛ける側の都合と理屈付けではじめられるものです。
アメリカの戦争も、アメリカの都合ではじまっています。
ベトナム戦争でも、1964年8月4日のトンキン湾事件などは実際そのような事実は無かったのにこれが口実とされ、あの大規模な戦争に突入したことは歴史が確定した事実です。
トンキン湾事件は、64年7月末、アメリカ軍が哨戒艇4隻で北ベトナムの沿岸を威力偵察したところから始まっています。
途中、銃撃戦はあったようですが、問題とされた8月4日午後9時には何も事件は無かったことが明らかとなっています。
にもかかわらず、アメリカはベトナム側から銃撃があったとしてこれを報復の口実としたのであります。
アメリカ議会は、…アメリカの憲法は、宣戦布告の権限は議会にあるとしています。
合衆国憲法第1条、第8節、11項に基づいて宣戦の権限が大統領に与えられ、あの戦争になったものです。
正にアメリカの都合で戦争がはじめられたわけです。
最近の例では、テロ特措法でインド洋に出動している海上自衛隊が米軍指揮下で行動をしているなどとんでもないことが行われています。
また、『朝日新聞』が報道したように、イージス艦の派遣要請を海上自衛隊が米軍に働きかけ、日本政府を動かそうとする、というとんでもないことがやられています。
われわれはまた、地方自治の時代ということを繰り返し言ってきました、それだけに、このような法制は許しがたいと思っています。
そのようなことから、その1は、この法制について市長はどのように受けとめているか、お尋ねします。
その2として、特に地方自治体や国民の「責務」が規定され、首相の「指示権」(第15条)が規定され、従わないときは罰則まであるという、僅か3年前の周辺事態法では「協力」要請だったのがここまでエスカレートしてきていることをどのように受けとめているか、お尋ねします。
その3として、市としての平和行政を確立・推進することが必要になっていると思います。
市長は、いままで私どもが再三提起してきた「非核都市宣言」などに耳を貸そうとしませんでした。
ただ、水戸教公園の鐵工丸などの犠牲者を慰霊する平和祈念碑の建立があったことだけは指摘しておきます。
この際、市として積極的な平和行政を推進することが必要、と思いますのでそのことについての市長の考え方をお尋ねします。
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